結局イオン様のお体が万全ではないということで、今夜は野宿となった。
実際はイオン様のせいだけではなく、負傷したティアさんや私のことを気遣ってくれてのことだった。
私にかけられた封印術は見事に譜術を封じてくれたので、私は一切譜術を使えなくなっていた。
けれどまあ、私は本来近距離戦を基本とする戦闘スタイルなので戦闘に不便は生じないだろう。
第一、以前私は一度だけ、戦場で封印術を受けている。
その時は完全解除に三ヶ月以上を要した。
今回は移動しながらの解除となるので、前回よりも長時間を要するだろうことが明白だ。
一方ティアさんはというと、自身に治療譜術をかけて大人しくしていた。
傷を受けた腕を庇う様にして座っている。
今はルークと話していて、随分と落ち着いたようだ。
「さん!大丈夫ですの?」
隣から可愛らしい声が聞こえてきて、見るとミュウ―――大きな耳がふよふよと動いていて可愛い―――がちょこんと隣にいた。
きっとルークに追っ払われたのだろう。
「ありがとう、ミュウ。大分落ち着いたわ。・・・・・・まだちょっと安定しないけど」
・・・・・・それにしても、まさかもう一つ封印術を用意しているとは思わなかった。
なにしろ国家予算の一割弱を製作費用に使う代物だ。
しかも、二回目。
いや、たしか一度目の時はジェイドを庇ったのだった。
もしかするとジェイドだって二回目の可能性だってあったかもしれない。
「それにしてもティアさんは大丈夫かしら?」
「みゅうぅー、分からないですのー。・・・・・・あ!ご主人様、お話終わったみたいですの!」
元気よくミュウが駆けて行き、ガイのもとにいたルークに追い払われるのが見えた。
そんな様子をなんだか哀れに思いながら、ティアさんとイオン様の話す姿をぼんやりと見ていた。
そしてふと思い出す。
なぜ出てきた名前はティアさんだったのだろうか?
今回の任務で大切なのはイオン様の御身とルークの地位だ。
悪いけれど、ティアさんの名を呼ぶ理由がない。
・・・・・・分からないというものはなかなか気持ちが悪い。
駄目だ、考えるの止めよう。
薪の灯りの届かない影で一休みしようと思い、腰をあげた。
「・・・・・・どうしたの、ルーク」
緑色の瞳―――翡翠のようだ―――がこちらを見詰めていた。
やはり来たかと正直思った。
ルークは皆に話をして回っていたので、そろそろ私のところにも来るのではないだろうかと思っていた。
その表情は不安げで、とても頼りない。
みんなによって、今までの彼の中での世界観をほとんど壊されたのだろう。
「え、いやっ、ええっと・・・・・・体、大丈夫なのか?」
「あんまり問題無いわよ。どっちかって言うと、ルークの方が辛そうね?」
「・・・・・・そんな風に、見えるのか?」
「ええ、とても」
無意識に私を見ていたのだろか、話し掛けたら慌てられた。
ルークがそうとうへこたれている証拠だろう。
頼りない薪の灯りが彼の頬を明るく照らすと、より一層疲れているように見えた。
初めて人が殺しあっているところを見て、彼自身も初めて人を殺したのだとジェイドが言っていた。
「・・・・・・なあ、は人殺すの怖くねぇのか?あと、なんで軍人になったんだ?」
「同時に二つ質問するのね・・・・・・。まあいいわ」
「なあ、なんでなんだ?どうしてみんな平気で人を殺せるんだ?」
「じゃあ逆に聞くわ。ルークはどうしてだと思う?」
自分でもなかなか意地悪な答え方をする、と思う。
質問に質問返しは邪道だが、今ここではそうしざるを得ない。
私の理由など、どうしようもなくくだらないのだから知らないほうがいい。
「お、俺?!・・・・・・死にたく、ないから?」
一瞬、躊躇するように視線が外され、再び戻ってきた。
だがその瞳は明らかに戸惑っている。
言ってもいいものか、これで正しいのか。
小さな子が申し訳なさそうに悪さしたことを謝るような、そんな感じに近い。
「それが貴方の答えなら、それでいいんじゃないかしら。貴方にだって貴方の考えがあるんだから、他人の考えばかり気にしてはいけないわ。貴方はどうも人の話に影響されやすいみたいだし」
「そう、か?」
「ええ、そうよ。・・・・・・ああ、それにどうして軍人になったか、だっけ?」
「うん」
今度はこちらが躊躇する番だった。
別に隠すようなことでもない。
だが、教えるのはとても億劫だ。
それに教えるのは明日でも全く構わないし、むしろその方が簡単に説明できるとも思った。
「そうねぇ・・・・・・。明日、セントビナーに着いたら教えてあげるわ」
「セントビナー?なんでだ?」
「明日のお楽しみ。さ、もう寝たらどうかしら?」
言ってティアさんを見ると、どうやらもうもう寝ているらしく、ミュウと一緒に規則正しい寝息を繰り返しているようだった。
同様に、イオン様もお眠りになられ、ジェイドがその前で見張りをしていた。
ガイは周辺の見回りをしているらしく、この場にはいない。
「ああ。・・・・・・ええっと、おやすみ」
「おやすみ、ルーク」
ルークはそのままティアさんの隣へ行き、傍にあった木に寄りかかるようにして座り込んだ。
そのまま眠るのだろう。
私はどうしようかと思ってきょろきょろしていると、ガイがこちらに戻ってきていて丁度ジェイドと交代していた。
「ガイ、ここお願いできる?」
「ああ、分かった。・・・・・・旦那のところへ行くのかい?」
「ん。そうよ」
にこやかにガイが了承してくれたので、そのままジェイドが消えた方へ足を進めた。
辺りが暗い分、いつ魔物が飛び出して来てもおかしくはない。
周囲に警戒し、ジェイドを探して辺りを見回す。
突然草むらが揺れ、ジェイドがこちらへ来たのかと思い、振り返ると魔物が角を怒らせ飛び出してきた。
「え、ちょっと―――きゃっ!」
「炸裂する力よエナジーブラスト!」
眩い光が魔物を襲い、爆ぜた。
慌ててナイフを取り出し、魔物の身体に突き立てるとわずかに吠え、そしてすぐに動かなくなった。
「まったく、危なっかしい人ですねぇ」
「ジェイド!ごめ―――」
「―――謝らなくてもいいんですよ。最近の貴女は謝ってばかりですし」
「・・・・・・ほんと、どうかしてるわ、私」
そう言われてみれば最近謝ってばかりだ。
まったく気がつかなかったわけではなかったが、はっきりと指摘されてしまうとなかなか辛いものがある。
「お揃いですねぇ、封印術」
嫌なお揃いがあったものだ。
もっとこう、別な物だと素敵な響になるのだが。
「不本意ながらね。なんとか解除しようとはしているけれど、なんかおかしいのよね」
「どういうことです?」
「一つ解除しても変化しないの。普通、封印術ってキーが変わってもそれまで解除したのは解除されたまま残るでしょう?けれどこれ、再ロックがかかるみたい。まったく解除されないわ」
「私にかけられた物や以前の物とは違うということですか。厄介ですね」
眼鏡を押しあげる動作をしながらジェイドが言う。
そう、解除できないとなるとそれはそれで厄介なのだ。
「・・・・・・父上なら、何か知ってるかもしれない」
「あの方がですか?たしかにあの方なら知っていても不思議ではない。伝手はかなり有りそうですし」
「まあ、どっちにしろ明日だわ」
「・・・・・・セントビナーですか」
「ええ。それにルークとも約束しちゃったもの」
「おや、珍しいですねぇ」
「だって、セントビナーに着けば嫌でも説明が必要だわ」
「確かに」
ジェイドが肩を竦める。
こうしてジェイドと何気ない話をする時間が好きだ。
恋愛感情ではないとは言い切れないが、彼に対する気持ちはあくまで親愛だ。
上司と部下、先輩と後輩、そんな感じだろう。
「そろそろ戻ってはどうです?」
「ううん。もう少しここにいる」
二人で月を眺めた。
途中、ジェイドが何か自嘲するのがぼんやりと聞こえてきた。
こんなに近くにいるのに、どこかジェイドが遠く感じられる。
(寂しいな)
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