何事もなく、フーブラス川横断を終えられそうだと思ったその時、



「来るわ!」

「え、あ、何がだよ?!」

「下がって!」



ダンっと獣がこちらに飛び出し、大地を揺らした。

それは幾度となく見たその黄色い体をしている―――ライガだ。

そのライガには一人の少女、妖獣のアリエッタが跨っていた。

私達に警戒するようにしてライガから降り、私達を泣きそうな目で一瞥する。

腕に抱えた人形は何処となくアニスの持っている人形を連想させた。





Chapter.1 - Act.15 懐かしき歌声





「その人達、アリエッタのママを殺した!」

「ママ・・・・・・?」



面前にいる、幼い容貌をした少女が糾弾するようにして叫んだ。

イオン様の懇願もあと少しというところで受け入れてはくれなかった。

妖獣のアリエッタ。

やっかいなことに、タルタロスから追跡してきたのだろう。

しかし、彼女の母親を殺したということに心当たりが無かった。

タルタロスの艦上で戦ったオラクル兵は彼女とリグレットを除いて、みんな男だったはずだ。

見かねたイオン様が状況が分からないみんなに、アリエッタは魔物であるライガ・クイーンに育てられた戦災孤児であるということを説明してくれた。



「地の果てまで追いかけて・・・・・・殺しますっ!」



あのときのライガ・クイーンか。

私達は彼女の―――アリエッタの母親を殺したのだ。

たとえ、それが魔物だったとはいえ、アリエッタを育てた母親であることには変わらない。

酷い事をしたと思う反面、彼女は私とジェイドの部下を大勢殺したのだ、ある意味私とジェイドにとっても敵だと言える。



「止めて下さい、アリエッタ!」



イオン様がアリエッタへ向かって叫ぶが、アリエッタはふるふると首を横に振った。

やはり駄目なのだ。

今にも戦闘が始まるのではないかと思い、跳びかかろうとするライガに備えてナイフを手にした瞬間、大きく地が揺れた。



「きゃ!」



あちらこちらにゴゴゴォっ!と地の裂ける音がし、その隙間から何かが猛烈な勢いで吹き出し始めた。

その揺らめく紫の煙に、私はどことなく見覚えがあった。

障気だ。

ハッとしてアリエッタを見ると、彼女の足元の地面にも亀裂が走っており、一際大きく揺れたかと思うと、勢いよくアリエッタへ向かって障気が吹き出した。

直撃を受けたアリエッタはそのままライガと共に倒れた。



「障気だわ!」

「いけません、障気は猛毒です!」



ティアとイオン様の言葉にルークは動揺し、目の前の亀裂から後退りした。



「吸い込んだら死んじまうのか?!」

「馬鹿言わないで、まだ平気よ!このまま吸い続けるのなら保証はないけどね!」

の言うとおりなんですが、逃げ場がありませんねぇ」



障気に対して知識のないルークに中ば叱るように説明し、確かにジェイドが言うように逃げ場がないことに気が付いた。

今来た道も、目の前にある道も、いたるところで障気が吹き出していた。

このままなら全滅も時間の問題だ。

どうすればいい、もどかしさに唇をカリっと噛んだ。

するとどこからともなく澄んだ歌声が聞こえてきた。

ティアだ。



「譜歌を歌ってどうするつもりだと・・・・・・?」

「この譜歌は・・・・・・、ユリアの譜歌です!」



訝しげにジェイドが呟くのに答えるようにしてイオン様が言った。



「ユリアの譜歌・・・・・・?」



その単語を口にし、ティアを見てみると、彼女を中心にとてつもなく巨大な譜陣が描かれ、そこから光を放ちながら平面から空間へとドーム状に広がっていった。



なんと美しく、神々しく、―――そしてどこか懐かしい。



不思議な感覚だった。

初めて見るはずのその様が何かの再現のように思えてしかたがないのだ。

だがそれは決して不快なものではなく、むしろ心地良さすら感じる。

どうかしている、こんな状況なのに。



「綺麗・・・・・・」



ドームが弾け、光が波のようにして広がった。

すると濃く充満していた障気が、浄化されるようにして四散した。



「障気が消えた・・・・・・?」



誰かが呆然とした様子で呟いた。

その言葉にティア小さく頭を振った。



「障気が持つ固定振動と、同じ振動を与えて消滅させたの。・・・・・・だけど一時的なものだから、そう長くは持たないわ」



ジェイドは色々と聞きたそうにしているが、今はそれどころではない。

確かに譜歌というものはどうしても補助が中心となるものだからこれほど特殊なものに疑問を感じるのも無理ないだろう。

だが、今は速やかにこの場を離れるのが先だろう。



「アリエッタは・・・・・・殺すべきね」

「な、なんでだよっ、!!」



再びナイフを取り出し、アリエッタに近づこうとすると、ルークが目の前に立ちはだかり私を非難した。

すると今度はジェイドが空間から槍を出現させ、アリエッタへと歩みを進めた。



「なんでそいつを殺そうとすんだ!?」

「ルーク、私は言ったわよね?『みんな守るため』だと」

「生かしておけば彼女、本当にどこまでも私達を追いかけてきて、命を狙ってくるでしょうね。ましては私達は彼女の親の敵だそうですから」

「で、でも、無抵抗の奴を殺すなんて・・・・・・!」



道徳的観念ならばきっとルークが正しい。

だがそれではここから先の旅の危険性を増やすだけだ。

だからこそ、アリエッタを殺すべきなのだ。



「本当に甘いのね・・・・・・」

「るっせぇ!冷徹女!」



おそらくティアも無理矢理言ったのだろうが、ルークにそれを察しろということが難しかった。

ルークの暴言にティアは一瞬顔を強張らせ、後ろを向いてしまった。

ティアだって、本当はルークと同様、アリエッタを殺すことには反対なのだろう。

けれども、ティアはここでアリエッタを殺さなくては後々大変なことになるだろうということを、理解しているからこそ、アリエッタを殺すべきだと言うのだろう。



「ジェイド、僕からもお願いします。アリエッタを見逃してやってください。彼女は元々僕付きの導師守護役だったんです」



イオン様の言葉にルークの頬が赤みを帯びた。

力強い味方を得たことを純粋に喜んでいるのだろう。

暫し二人を見、ジェイドは言った。



「・・・・・・わかりました。、いいですね?」

「ええ、仕方ないわ」



導師であるイオン様に言われては、頼みを聞き入れないわけにはいかなかった。

ジェイドが槍を仕舞うのを横目に見つつ、私自身ももナイフを鞘に仕舞った。

その後、イオン様の願いからアリエッタを障気の届かない所まで運んだ。



・・・・・・、アリエッタ、忘れちゃったの・・・・・・?」



アリエッタを抱き上げたときに、うわ言のように彼女がそう言った気がした。

ティアが急いでと急かす。

きっとそろそろ障気が復活するに違いない。

私達も急いでフーブラス川を後にした。